1: 名無しさん@おーぷん 2018/12/23(日)15:56:06 ID:WKv

得点圏打率


2: 名無しさん@おーぷん 2018/12/23(日)15:56:34 ID:WI8

ノーアウト満塁は点が入らない


4: 名無しさん@おーぷん 2018/12/23(日)15:59:52 ID:WKv

ヘッドスライディングの方が早い


6: 名無しさん@おーぷん 2018/12/23(日)16:02:31 ID:WKv

体格の良い投手→玉が重い


11: 名無しさん@おーぷん 2018/12/23(日)16:17:00 ID:Ghn

>>6
球が重いって体格ってより腕の高さのイメージやけど違うんかな


13: 名無しさん@おーぷん 2018/12/23(日)16:19:19 ID:WKv

>>11
高いところからボール来ると打ちにくいんか?
素人ですまん


21: 名無しさん@おーぷん 2018/12/23(日)16:29:10 ID:WKv

>>19
ありがとう
わかり易いな
高い所から飛んできた玉の方が打球上がらないからってのもあるかもしれんな


8: 名無しさん@おーぷん 2018/12/23(日)16:14:30 ID:1AD

湯口事件
カープ行方不明者
巨人寮心霊現象


10: 名無しさん@おーぷん 2018/12/23(日)16:16:31 ID:g61

ヤクルトはシーズン前に順位予想するな


12: 名無しさん@おーぷん 2018/12/23(日)16:18:52 ID:1AD

藤本和宏
元西鉄、広島の投手。
1967年にドラフト外で西鉄に入団。通算0勝のまま1969年シーズン後に自由契約となり広島に移籍した。
カープ2年目の1971年6月にプロ初勝利、初完封を挙げ8月にはノーヒットノーランまで達成するなど10勝6敗防御率1.71でシーズンを終え、最優秀防御率のタイトルを獲得するなど一気に飛躍した。
しかし、その後は成績が思わしくなく1974年まで広島在籍も1勝もできずに引退。2ケタ勝利を挙げタイトルまで獲得した1971年以外では1勝たりとも挙げることができなかった。
現在消息不明。ちなみに藤本が西鉄をクビになった1969年は黒い霧事件の真っただ中だった。


14: 名無しさん@おーぷん 2018/12/23(日)16:19:54 ID:WKv

>>12
ヒェッガチオカルトやん


15: 名無しさん@おーぷん 2018/12/23(日)16:20:14 ID:1AD

湯口事件
1970年に岐阜短大付属高校からドラフト1位で巨人入りした湯口敏彦の急死とそれに伴う巨人、球界へのバッシングのこと。
ファームで1年目5勝6敗、2年目2勝3敗という結果を残していた湯口。だが、2年目シーズン終了後辺りから湯口はうつ病の発作が見られるようになる。
さらに1972年11月23日に行われたファン感の紅白戦で、体調が良くない中で登板した湯口は大炎上、川上哲治監督らから激しく叱責され、
おまけにこの日の夜寮に戻らなかった湯口は二軍監督の中尾碵志から殴られ、うつ病をさらに悪化させる。11月27日の納会では誰が話し掛けても無言で、視点も定まらず、翌11月28日うつ病と診断された湯口は更に翌日都内の病院に緊急入院した。

翌年早くに湯口のうつ病は良くなりはじめた湯口は、2月15日に復帰、2月19日から宮崎での春季キャンプに合流した。
しかし、初日から話し掛けても反応しない、真夜中に奇声を発するなど異常な様子だったため同室の淡口憲司はマネージャーの藤本健作に報告。首脳陣は合流翌日の20日に湯口を強制送還、藤本と帰京した。
羽田空港のロビーで奇声を発し、暴れたりした湯口は空港警備隊に取り押さえられて緊急入院。
3月22日夕刻、湯口は病院のベッドで変死体となって発見された。享年20。

監督の川上が湯口の死に際して声明を発表したが、そのとき「巨人こそ大被害を受けましたよ。大金を投じ年月をかけて愛情を注いだ選手なんですから。
せめてもの救いは、女性を乗せての交通事故でなかった事です」と言ったことから、巨人はマスコミから激しいバッシング報道を受けた。球団は「死因は心臓麻痺」と発表したが、マスコミから「湯口の死は自殺で、その原因は球団ではないか」と非難されることに。
イメージが地に堕ちた巨人は1973年のドラフトで1位、2位、3位の選手に入団拒否されることとなる。


27: 名無しさん@おーぷん 2018/12/23(日)22:22:19 ID:9R4

>>15
これいっつも思うけどなんでファン感で炎上したくらいで激怒するんや
あんなん監督が代打で出てきたりするお遊びやん


16: 名無しさん@おーぷん 2018/12/23(日)16:21:23 ID:1AD

マーティ・バーゲン
19世紀のメジャーリーガー。ボストン・ビーンイーターズ(現ブレーブス)の捕手だった。
スローイングの正確さなどで評価された名捕手だったが新聞に「無口で不機嫌な男」と書かれるような選手で、長男を亡くしたのち精神疾患(統合失調症とも)にかかり奇行が目立つようになる。
1900年1月19日の早朝、バーゲンは寝室にいた妻を斧で何度も殴り殺害。続いて3歳の次男を斧の刃で叩き殺し、最後に6歳の長女も同様に斧で殺した。家族を皆殺しにしたバーゲンはカミソリで自身の喉を切り自殺。享年28。


18: 名無しさん@おーぷん 2018/12/23(日)16:22:30 ID:oiM

小瀬の飛び降り


20: 名無しさん@おーぷん 2018/12/23(日)16:25:20 ID:Ghn

腕の高さが違うけど到達点がだいたい同じ→その分落差が激しいから軌道を捉えづらい→詰まりやすいから重いって感じるんかなと


22: 名無しさん@おーぷん 2018/12/23(日)16:33:40 ID:zK5

オカルトでもなんでもなく普通に怖いんだよなあ


25: 名無しさん@おーぷん 2018/12/23(日)17:17:42 ID:Sl5

バントは負けムーブ




引用元
https://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1545548166/l50